杉原千畝さんの命のビザは賞賛できるんですが・・・
杉原千畝について
https://ja.wikipedia.org/wiki/杉原千畝
杉原 千畝(すぎはら ちうね、1900年〈明治33年〉1月1日 - 1986年〈昭和61年〉7月31日)は、日本の外交官。早稲田大学高等師範部英語(教育学部英語英文学科)科本科中退。
第二次世界大戦中、リトアニアのカウナス領事館に赴任していた杉原は、ドイツの迫害によりポーランドなど欧州各地から逃れてきた難民たちの窮状に同情。1940年7月から8月にかけて、外務省からの訓令に反して大量のビザ(通過査証)を発給し、避難民を救ったことで知られる。その避難民の多くがユダヤ人系であった。「東洋のシンドラー」などとも呼ばれる。
1985年(昭和60年)1月18日、イスラエル政府より、多くのユダヤ人の命を救出した功績で日本人では初で唯一の「諸国民の中の正義の人」として「ヤド・バシェム賞」を受賞。千畝の名前が世に知られるにつれて、賞賛とともに、政府の訓命に反したことに関して、「国賊だ、許さない」など中傷の手紙も送られるようになった
同年11月、エルサレムの丘で記念植樹祭と顕彰碑の除幕式が執り行われるも、心臓病と高齢のため千畝の海外渡航を許さず、千畝に代わって四男・伸生(のぶき)が出席した。1986年(昭和61年)7月31日、入院先の鎌倉市内の病院で死去(満86歳没)。記念植樹林と顕彰碑はその後2000年代ごろに集合住宅建設のため伐採撤去廃棄され、イスラエル政府はその事実を把握していたが、2019年に騒ぎになったことで公になり、ユダヤ民族基金が子息に謝罪の手紙を送付した
所感
私が違和感を覚えるのはここです
>1985年(昭和60年)1月18日、イスラエル政府より、多くのユダヤ人の命を救出した功績で日本人では初で唯一の「諸国民の中の正義の人」として「ヤド・バシェム賞」を受賞
本当に杉原千畝が人道主義者であればイスラエルからの賞など拒否すべきでした
イスラエルがパレスチナ人を弾圧し、差別し、人種隔離政策を現在進行形で行っていることは説明不要ですね
かつて迫害されていたユダヤ人が100歩ゆずって仕返しをしているのならまだしも
第二次大戦で全く関係ないパレスチナ人を自らがやられたこと以上の仕打ちをしているのはどういうことでしょう?
杉原千畝が命のビザで助けたユダヤ人たちがその後イスラエルで何をしているのか
杉原千畝はご存知なかったのでしょうか?
私は命のビザについては賞賛しますが
イスラエルから賞をもらったことがとても残念でなりません
もし受賞を拒否されていたなら私は手放しの称賛をしていたでしょう
余談ですが
>記念植樹林と顕彰碑はその後2000年代ごろに集合住宅建設のため伐採撤去廃棄され、イスラエル政府はその事実を把握していたが、2019年に騒ぎになったことで公になり、ユダヤ民族基金が子息に謝罪の手紙を送付した
これはこの記事を書くべくwikipediaを読んで初めて知りました
こういうところがイスラエルらしいと本当にあきれた
イスラエル政府からは公式に謝罪もないのか・・・
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