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シンガポール陥落 戦友の遺骨を抱いて

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シンガポールの戦い wikipedia画像


2月15日はシンガポール陥落の日です

ご存知の方は少ないのかもしれません

 シンガポールの戦いとは

第二次世界大戦1942年2月7日から2月15日にかけて、イギリス海峡植民地シンガポール大日本帝国陸軍連合国軍の間で行われた戦闘である。

2倍を超える兵力差を覆して、当時難攻不落と謳われたシンガポール要塞を日本軍が10日足らずで攻略した結果、イギリスが率いる軍としては歴史上最大規模の将兵が降参した。当時イギリスのウィンストン・チャーチル首相は自書で、「イギリス軍の歴史上最悪の惨事であり、最大の降伏」と評している

https://ja.wikipedia.org/wiki/シンガポールの戦い

 

上記の写真はイギリス軍のパーシバルが山下大将に降伏を申し入れるところです。

パーシバルがごちゃごちゃごまかすので山下大将が「(降伏するのかしないのか)イエスかノーか!」と言ったというエピソードは有名です。

 

本当に「イエスかノーか!」と言ったのか諸説あるみたいですが。

まあ似たようなことは言ったのだと思います。

 

シンガポール陥落の影響

海外「英国史上最大の敗北」 シンガポール陥落の映像に外国人衝撃

http://kaigainohannoublog.blog55.fc2.com/blog-entry-1077.html

1942年2月7日から2月15日にかけて戦闘が行われた、シンガポールの戦い。

日本側の戦力は36,000人でイギリス側は85,000人と大規模なもので、

それぞれ戦死者は1,715人と約5,000と両軍に多数の犠牲者を出した末日本が勝利し、

日本によるシンガポールの統治が始まります

シンガポール昭南島と名前を改められた)

難攻不落と言われていたシンガポールの陥落は世界中に衝撃を与え、

当時ロンドンに亡命していたフランスのドゴール将軍は

シンガポール陥落は、白人植民地主義の長い歴史の終焉を意味する」

とその日の日記に記したほど

 

シンガポールはアジアにおけるイギリスの拠点でした。

そこを失ったことでイギリスは植民地大国としての地位を失います。

 

イギリスのチャーチル首相はシンガポール陥落について野党労働党から厳しい追及を受け一時首相辞任を考えるほどに。

 

所感

戦争の記憶を語り継がなければとよく聞きますが、悲惨な話だけではなくこういう痛快な話も語り継いで欲しいものです。

 

日本が欧米列強の植民地支配の歴史を終わらせたのは事実ですから。

2月15日は祝日にしてもいいと思うのですが。

それが無理でも歴史教科書に載せなければならないと思います。

 

「戦友の遺骨を抱いて」というシンガポールの戦いで散華された英霊を弔う歌があります。最後にこの歌を英霊に捧げたいと思います。


戦友の遺骨を抱いて〈軍歌・戦時歌謡〉

 

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